日本の法規について属地主義が貫徹されているか。
さて、殆ど孤軍奮闘(と自分で言うのはおかしいが、事実だから仕方がない)の私の努力の中で、常に私の前に立ちはだかった霞ヶ関的固定観念は、属地主義は絶対乗り越えられない壁だ、というものである。
とくに、法律を改正することになると、外国絡みのことゆえ、とくにその筋からのチェックが厳しくなる(そこで「その筋」にまで問題がゆかぬ形で対応せざるを得なかった場面もあった)。
情けない気持ちで一杯だったが、そうした場合に私かどんな反論をしていたのか。
その要点を左に示す。
まず、属地主義万能と言うが、日本の法規の適用関係が全部それで説明できるのか、と問う。
明治の頃に作られた刑法の条文をまず示す。
そこには、一条に「国内犯」処罰、つまり、日本圃内で行なわれた犯罪であれば誰が犯そうと罰する、とある。
行為の一部でも″国内で行なわれたら罰する、と解されている。
属地主義である。
だが。
刑法二条は「国外犯」を処罰する場合として、内乱・通貨偽造等、それに一定のコンピュータ犯罪をも列記する。
国外で誰がやろうと罰するのである。
これは属地主義で説明できない。
また、刑法三条は「国民の国外犯」として、罪を犯した者が日本人であるという要件を付加した上で一定の。
放火・殺人・傷害。
名誉毀損等々の罪を列記する。
これも属地主義では説明できない、とまず言うのである。
要するに、刑法は、自国の側か有する重大な関心を根拠に、属地主義を踏み越える立場を、種々の罪を列記する形で示している。
ちなみに、属地主義万能を唱える人々にありがちな誤解として、日本人、つまり日本国籍を有する者に対しては、世界中どこで何をしようと日本の主権が及ぶ、というものかある。
それに対しては、刑法の「国民の国外犯」の規定か犯罪の重大さをも考えた上で規定をピックアップしている点に立ち戻って考えるべきだ、と切り返すのである。
もっとも、刑法の定める「国民の国外犯」が、国際法上許されるギリギリのところとピタリ一致する線を示したものとは、必ずしも言えないが。
ともかく、属地主義が万能でないことは、明らかである。
刑事法は、各国かお互いに最も神経質な領域である。
そこで既に。
属地主義は、万能ではないのである。
ところで、勝手に宝くしを売ったりしたら罰するという規定か、刑法にはある。
けれども、この規定は、「国内犯」のみか処罰される。
そこで、日本よりも賞金が高い外国の宝くじをロ本の消費者に売るための仲介等をする者があらわれた。
この者が、香港あたりから日本の消費者にダイレクトーメイルや電話で種々アプローチして米たらどうなるのか。
「国内犯」処罰、従って属地主義によることになる。
その際、日本の当局では、郵便や電話で日本の消費者にアクセスするから、行為の一部は日本国内で行なわれており、国内犯として処罰できる、との見方が示された。
だか、右の場合、「行為」の行なわれた場所のみに着目するよりも、なぜそうした行為を規制(処罰)すべきかを率直に考える必要がある。
香港あたりから、まさに日本の消費者をターゲットとして一定のことがなされる。
それにより、消費者(一般庶民)が不必要に賭け事的なことにうつつを抜かし、そこから国家として座視し得ない事態か、日本国内で広く生じ得る。
昨今では、その規制目的も若干相対化して来たことは否めない。
だが、それがこうした海外からのアプローチをも処罰の対象にしようとする、実質的な根拠のはずである。
つまり、属地主義だけで考え、「行為地」が日本国内か否かのみで判断すると、何故規″制するのか、という実質的な規制の必要性ないし理由とは別のところでの判断に、いわば問題が緩小化されてしまう。
一般の法的判断においても、方法論的にこのようなことは避けた方がよいと言われている。
やはり、問題を直視するためには、何か真の問題なのかという。
その核心部分にあわせた議論をする必要か、あるはずである。
つまり、属地主義一辺倒だと、本当の論点かボヶてしまう場合か少なくないのではないか、ということである。
既述の労働省の報告書作成に際しても。
私はこの点を強調した。
海外からの職業紹介関連の行為も、電話やメイルで行なわれることが少なくなく、右の海外宝くじの場合と同様、行為の一部は日本国内で行なわれた、と言える。
属地主義でも規制できる。
だが、規制によって保護すべきものは何なのかを、正面切って論ずる必要がある、と力説したのである。
同報告書は、この線に沿って書かれている。
外為法上のいわゆるユーロ円債規制他方、こんなに域外適用してしまって本当に大丈夫かと思われる程に大胆な立場の示されている場合もある。
外為法(正式名は「外国為替及び外国貿易管理法」)二〇条、二一条の中にそれかある。
日本の通貨を用いて(円建てで)日本の外で証券を発行・募集する場合である。
通貨所属国たる日本の外で(域外で)円か用いられるから、ユーロ円となる(既述)。
それで社債を出す場合がこれにあたる、と考えればよい。
円を用いて外国の企業が外国で大量の資金を調達する場合である。
その場合、「非居住者」という言葉が用いられる。
そして、日本に居住していない者が外国で右のことをするときは、常に日本の大蔵大臣の許可を受けろ、とある。
しかも、違反すれば懲役を含めた重い罰則かある。
これを属地主義で、どうやって説明するのか。
そう問うと、大体先方は黙ってしまうが、自国民に対して自国の主権が常に及ぶのと同様(そんなことは言えない)、自国の通貨に対する主権は絶対だ、と答える人も中には居た。
だが、そんなことはないし、そもそも「主権」という言葉は、よくよくその意味内容を精査してから用いなければ危い。
大体。
円か使用されるから常に日本法が域外適用され得る(しかも刑事罰までつく)、などという考え方は、相当野蛮なものである。
仮りに効果理論で考えてみても、これは行き過ぎではないか、と思うのか自然である。
理論的にそれ(効果理論)を純化し、自国との一定限度以上の密接関連性(実質的関連)があれば域外適用できる、と考えても同じである。
域外適用問題への統一的理解を欠く「羅針盤なき日本」要するに。
日本では、国家法の域外適用問題についての統一的視座が、何ら設定されることなく、今日にまで至っているのである。
実際、私はともかく、域外適用問題の日本での専門家の名を挙げよ、と誰に聞いたところで、既に還暦を迎えられた二、三名の研究者を除き、一体誰の名前を、自信をもって挙げられるのか。
といった状況にある。
法律の専門家に聞いてみるとよい。
これか経済大国を自称する日本の、現実なのである。
極端に法律学を軽視し、経済主導でどんどん、企業ベースで海外に進出した大国の、実態がこれな本書で既に論じた、日系企業の海外での環境汚染事件を、想起して頂きたい。
実はそこでT一言したマレーシアでのARE事件と同様の事件は、多発しているのである(日本弁護士連合会の報告書も出てい亘。
それに対する日本政府のスタンスは、あくまで行政指導、つまり正面切って日系企業の海外での行動を規制するのではなく、業界や各企業を。
良い方向に指導しようとするにとどまっている。
ある審議会で、なぜそれしかしないのか、と私は問うた。
反射的に返って来た答は、「そんなことをすれば、相手国の主権の侵害になるから……」。
というものであった。

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